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夏の甲子園の100回の歴史トリビア、最多優勝校と出場校数は?

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平成30年、第100回夏の甲子園大会(正式名、全国高等学校野球選手権大会)の決勝が開催され、大阪桐蔭高校が優勝しました。おめでとうございます。この記念すべき100回大会までの大会の歴史トリビアと出場校数をまとめました。

夏の甲子園の100回の決勝の歴史トリビア

夏の甲子園の100回の決勝の歴史のトリビアをまとめました。

第一回夏の甲子園大会はいつ?

全国高等学校野球選手権大会は最初の9回は実は甲子園球場はまだ完成しておらず、豊中球場もしくは鳴尾球場で開催されていました。

そして、第一回は、大正4年、1915年8月18日から8月23日まで大阪府の豊中グラウンドで行われた、全国中等学校優勝野球大会です。参加73校で出場校は10校でした。また、旧制中学は年代的に現在の高校に当たります。

決勝の結果は以下の通りでした。
京都二中(京都) 2-1 秋田中(秋田)

甲子園大会が中止された年は?

第4回大会 大正7年(1918)米騒動のため中止となりました。
第27回大会 昭和16年(1941)戦争のため中止となりました。そして、42、43、44、45年も戦争のため中止となりました。
第28回大会は昭和21年(1946)で、それ以降は毎年欠かさず開催されています。

夏の甲子園、最多優勝校は?

愛知県の中京大中京高校が、最多の7回の優勝を記録しております。
続くのが、広島の広島商業高校の6回です。

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甲子園大会の出場校数は?

甲子園大会の出場校ですが、戦前は12回大会から22校が26回大会まで続きました。

戦後は19校(28−29回)、23校(30ー39回)でしたが、40回大会 昭和33年(1958)は記念大会として、全国各都道府県の代表校に当時アメリカ施政下の沖縄の代表校を加えた47校で開催されました。そして、3回戦まで甲子園球場と西宮球場の2会場に分かれて開催されました。

翌年からまた出場校を減らし29(41回)その後は30校としましたが、50,55回大会は48校、60回大会以降の大会は49校でしばらく固定されましたが、80回、90回大会は55校、そして今回の100回大会は史上最多の56校が参加しました。

まとめ

夏の甲子園大会の歴史とトリビア、出場校数についてまとめました。今回の大会は史上最多の56校が出場しました。

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