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EUの2035年内燃機関車販売禁止方針の転換:合成燃料(e-fuels)の技術詳細

EUの2035年内燃機関車販売禁止方針の転換:合成燃料(e-fuels)の技術詳細追加

前回の解説に続き、EU提案で2035年以降の残り10%排出容認のうち最大3%を担う合成燃料(e-fuels、Power-to-Liquid: PtL)の技術詳細を追加します。この技術は、従来の内燃機関車(特にハイエンド車やHV)の存続を可能にする鍵として注目されています。

合成燃料(e-fuels)の技術概要

合成燃料は、再生可能エネルギー由来の電力で生産されるカーボンニュートラルな液体燃料です。化石燃料由来のガソリン・ディーゼルと化学的にほぼ同一で、既存のエンジン・燃料インフラ(ガソリンスタンド、タンクローリー)をそのまま活用可能(ドロップイン燃料)。燃焼時にCO2を排出しますが、生産過程で大気や排出源から回収したCO2を使用するため、ライフサイクル全体でCO2排出を実質ゼロに近づけられます。

主な生産プロセス(Power-to-Liquid方式):

  1. グリーン水素の生成: 再生可能エネルギー(風力・太陽光など)で水を電気分解(電解)し、水素(H2)と酸素を分離。酸素は大気放出。
  2. CO2の回収: 大気直接回収(Direct Air Capture: DAC)または工場・発電所の排出ガスからCO2を捕捉。将来的にDACが主流(完全カーボンニュートラル基準)。
  3. 合成反応:
  • まず、メタノール合成(CO2 + H2 → メタノール)。
  • 次に、Fischer-Tropsch(FT)合成やMethanol-to-Gasoline(MTG)プロセスで、メタノールをガソリン・ディーゼル・ケロシン相当の炭化水素に変換。
  • 触媒(鉄系など)を使い、高温・高圧下で反応。
  1. 精製: 従来の石油精製同様に、用途別(e-Gasoline, e-Dieselなど)に分離。

エネルギー効率は約50-60%(電力から燃料まで)と低く、EVの約3-5倍の電力が必要ですが、既存資産活用で導入障壁が低いのが利点です。

現状と実例

  • 生産規模: 現在はパイロット段階。代表例はPorsche主導のチリ・Haru Oni工場(HIF Global運営、2022年稼働開始)。
  • 場所: パタゴニア(強風で風力発電効率が高い)。
  • 初期容量: 年間13万リットル(主にe-Gasoline)。
  • 2025年現在: 拡大中、Porscheのレースシリーズ(Mobil 1 Supercup)や体験センターで使用。HIFは米国・オーストラリアでも工場計画、2030年代に数億リットル規模を目指す。
  • グローバル生産予測: 2035年時点で、EU道路上の車全台のわずか2-10%分しか供給できない見込み(Transport & Environment分析)。主に航空・船舶優先で、自動車用はニッチ(高級車向け)。

コストと課題

  • 現在のコスト: 1リットルあたり300-700円程度(日本推計)。主因はグリーン水素の高価格(全体の90%)。化石燃料ガソリンの4倍以上。
  • 将来見通し: 再生エネ拡大・規模経済で、2050年頃にガソリン並み(170円/L程度)まで低下可能。ただし、効率向上(直接合成技術など)が鍵。
  • 課題:
  • 大量の再生エネ電力が必要(風力・太陽光豊富な地域限定)。
  • DACのエネルギー消費大。
  • 供給不足で、2035年以降の自動車大量使用は現実的でない(環境団体批判)。

EU提案での位置づけと考察

新提案では、合成燃料を最大3%分の排出補償に活用(低炭素鋼7%と合わせ10%)。ただし、厳格なカーボンニュートラル基準(100%再生エネ・DAC由来CO2)が求められ、バイオ燃料は一部制限。ドイツ(Porscheなど)のロビーで推進されたが、環境団体は「内燃機関の延命策」「EV投資の妨げ」と批判。現実的に、合成燃料は高級スポーツカー(Ferrari, Porsche)や特殊車両向けのニッチ技術として機能し、大衆車はEV・PHEVシフトが主流となる可能性が高いです。

この技術は、完全EV一辺倒からの「技術中立」回帰を象徴しますが、コスト・供給制約で短期的な救世主にはなりにくい。EU産業の競争力回復と気候目標のバランスが、今後の鍵です。

katchan17