野村克也監督時代(2006年〜2009年)の東北楽天ゴールデンイーグルスの主なコーチ陣(一軍中心・一部主要二軍コーチ)の各年一覧です。 [1]
野村監督はヘッドコーチの橋上秀樹氏を自身の「参謀」として重用し、ヤクルト時代の教え子である池山隆寛氏や実子の野村克則(カツノリ)氏らを配置して「ID野球」の浸透を図りました。 [1, 2]
2006年(就任1年目)
球団創設2年目、野村体制のスタートとなったシーズンです。
| 役職 | 氏名 |
|---|---|
| 監督 | 野村 克也 |
| ヘッドコーチ | 橋上 秀樹 |
| 打撃コーチ | 池山 隆寛 |
| 打撃コーチ補佐 | 関川 浩一 |
| 投手コーチ | 紀藤 真琴 / 杉山 賢人(ブルペン担当) |
| バッテリーコーチ | 山田 勝彦 |
| 内野守備走塁コーチ | 西 俊児 |
| 外野守備走塁コーチ | 飯田 哲也 |
| 二軍育成コーチ | カツノリ(現役引退後に就任) |
2007年(就任2年目)
前年まで現役だったカツノリ氏が本名「野村克則」として二軍育成コーチに正式就任、外野守備には佐竹学氏が加わりました。 [1, 2]
| 役職 | 氏名 |
|---|---|
| 監督 | 野村 克也 |
| ヘッドコーチ | 橋上 秀樹 |
| 打撃コーチ | 池山 隆寛 |
| 打撃コーチ補佐 | 関川 浩一 |
| 投手コーチ | 紀藤 真琴 / 杉山 賢人 |
| バッテリーコーチ | 山田 勝彦 |
| 内野守備走塁コーチ | 西 俊児 |
| 外野守備走塁コーチ | 佐竹 学 |
| 二軍育成コーチ | 野村 克則(カツノリ) / 永池 恭男 |
2008年(就任3年目)
岩隈久志投手が21勝を挙げたシーズンです。投手陣の再建に向けて、名コーチとして知られる佐藤義則氏が新たに一軍投手コーチへ招聘されました。 [1, 2]
| 役職 | 氏名 |
|---|---|
| 監督 | 野村 克也 |
| ヘッドコーチ | 橋上 秀樹 |
| 打撃コーチ | 池山 隆寛 |
| 打撃コーチ補佐 | 関川 浩一 |
| 投手コーチ | 佐藤 義則(新任) / 杉山 賢人(ブルペン) |
| バッテリーコーチ | 山田 勝彦 / 野村 克則(一軍昇格) |
| 内野守備走塁コーチ | 西 俊児 |
| 外野守備走塁コーチ | 佐竹 学 |
2009年(就任4年目・最終年)
球団史上初のクライマックスシリーズ(CS)進出、シーズン2位に躍進した野村体制の集大成となった年です。前年とほぼ同じ一軍首脳陣で戦い抜きました。 []
| 役職 | 氏名 |
|---|---|
| 監督 | 野村 克也 |
| ヘッドコーチ | 橋上 秀樹 |
| 打撃コーチ | 池山 隆寛 |
| 打撃コーチ補佐 | 関川 浩一 |
| 投手コーチ | 佐藤 義則 / 杉山 賢人 |
| バッテリーコーチ | 山田 勝彦 / 野村 克則 |
| 内野守備走塁コーチ | 西 俊児 |
| 外野守備走塁コーチ | 佐竹 学 |
山﨑武司氏がコラムで「野村監督が大激怒した際に平石を見殺しにした」と言及していたコーチ陣とは、まさにこの2006〜2008年頃のメンバー(橋上ヘッド、池山・関川打撃コーチ、紀藤・佐藤投手コーチ、西守備コーチなど)ということになります。