ニュース概要
イタリアのミラノ検察当局は、2025年11月11日頃に、1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナ内戦(ボスニア戦争)中に、一部の富裕層が「民間人狙撃ツアー」(通称「スナイパー・サファリ」または「人間狩り観光」)に参加し、サラエボの包囲された市民を有料で狙撃したとする告発を受理し、正式に捜査を開始しました。この疑惑は、ボスニア・セルビア系勢力(ラドヴァン・カラジッチ率いる軍)が富裕層の外国人(主にイタリア人、米国人、ロシア人など)をサラエボ周辺の丘陵地帯に案内し、民間人(男性、女性、子供を含む)を標的にした射撃を許可したというものです。参加者はトリエステからベオグラード経由で移動し、1人あたり8万〜10万ユーロ(約1,200万〜1,500万円)を支払ったとされ、標的の年齢や性別によって料金が変動(子供の射殺は割高)した可能性が指摘されています。BBCニュースをはじめ、Guardian、UPI、DWなどの国際メディアが11月12〜13日に報じ、日本語メディア(BBC日本語版、中央日報日本語版、ABEMA TIMESなど)も追従して伝えました。
この事件は、2022年のスロベニア製ドキュメンタリー映画『Sarajevo Safari』で再燃した都市伝説的な疑惑を基に、イタリア人ジャーナリストのエツィオ・ガヴァッツェーニ氏が17ページの報告書(ボスニア軍情報将校の証言や当時のイタリア軍事情報機関SISMIの記録を含む)を提出したことで捜査に発展。容疑は「残酷かつ卑劣な動機による自発的殺人」で、カルビニエリ(イタリア軍警察)のテロ・組織犯罪専門部隊が協力しています。ボスニア当局も並行捜査を進め、協力姿勢を示しています。
解説と分析
歴史的背景
ボスニア戦争(1992〜1995年)は、旧ユーゴスラビア崩壊後の民族紛争で、ボスニア・ヘルツェゴビナの独立宣言に対し、セルビア系住民(ボスニア・セルビア人)が抵抗し、サラエボはセルビア系軍による史上最長の包囲戦(1,425日)にさらされました。包囲中、11,000人以上の民間人が死亡し、その多くが丘陵から降り注ぐ狙撃や砲撃によるもの。サラエボのメインストリート「スナイパー・アレー」(狙撃通り)は、市民が日常的に命がけで横断せざるを得ない恐怖の象徴でした。カラジッチはハーグ国際刑事裁判所でジェノサイド罪などで終身刑判決を受けていますが、この「狙撃ツアー」は戦争犯罪の新たな側面として、単なる軍事作戦を超えた「娯楽的残虐行為」を示唆します。参加者は極右思想の銃器愛好家や単なるアドレナリン中毒者が主で、戦争を「狩猟場」として消費した「ダークツーリズム」の極端な形態と言えます。
証拠の信ぴょう性と課題
- 支持する証拠:
- ボスニア軍情報将校エディン・スバシッチ氏の証言(1993年末に捕虜のセルビア兵から「サファリ」情報を得、1994年にイタリア情報機関へ通報)。
- 元米海兵隊員ジョン・ジョーダン氏のハーグ裁判証言(2007年、2012年):サラエボで「観光射手」(狩猟銃を使う外国人)を目撃、「民間人を娯楽射撃した」と証言。
- ガヴァッツェーニ氏の報告書:スロベニア情報官や被害者証言、SISMIの機密ファイル可能性を指摘。参加者数は100人超と推定。
- 懐疑的な声:
- 1990年代にサラエボ駐留の英国軍関係者はBBCに対し、「狙撃観光」の存在を聞いたことがなく、「チェックポイントの多さから物流的に困難」と否定。都市伝説扱い。
- ボスニアのセルビア側裁判所は「都市伝説」と一蹴。証拠の多くが戦後30年経過で記憶ベースのため、物的証拠(写真、フライト記録、支払い証拠)が不足。
この疑惑は、戦争の「闇の経済」を象徴します。セルビア軍が外貨獲得のため外国人を巻き込んだ可能性が高く、国際法廷(ICTY)で未解明の部分を補完する意義がありますが、時効(イタリア法で殺人罪は無時効)適用が鍵。心理的には、富裕層の「無関心な悪」(ガヴァッツェーニ氏語)を露呈し、現代の紛争ツーリズム(例: ウクライナ戦場観戦)と類似点が指摘されます。
社会的・国際的影響
- イタリア国内: 富裕層や極右コミュニティへの衝撃大。ガヴァッツェーニ氏は「名誉ある日常に戻った加害者」を追及し、テロ対策検事アレッサンドロ・ゴッビス氏が指揮することで、国内反戦意識を喚起。
- ボスニア・国際社会: 被害者遺族のトラウマ再燃。ボスニア検察は「過去の清算に協力」と表明し、EU加盟交渉中のボスニアに司法透明化の機会を提供。他国(米、露)への波及で、多国間捜査の可能性。
- メディアの役割: BBCやGuardianの報道が疑惑をグローバル化。X(旧Twitter)では英語圏で「sniper tourism Bosnia」がトレンド化し、日本語圏でも「狙撃ツアー」で議論(ただし、X検索では直近投稿少なく、ニュース共有中心)。
今後の予想
短期(数ヶ月内):ミラノ検察は参加者の身元特定を急ぎ、10〜20人のイタリア人を事情聴取・起訴へ。ボスニア協力で現場検証や追加証言収集が進む可能性高く、2026年春までに初公判。ボスニア側捜査も並行し、セルビア軍残党の関与解明へ。
中期(1〜2年):物的証拠次第で、他国(米国、スペイン、ロシア)検察への引き継ぎ。国際刑事裁判所(ICC)介入のリスクあり。成功すれば、戦争犯罪の「個人責任」追及モデルとなり、現代紛争(シリア、ウクライナ)での類似行為抑止に寄与。ただし、証拠不足で「都市伝説」止まりのリスク30%程度。
長期:ボスニアの和解プロセス加速。富裕層の「戦争消費」に対する国際規範強化(例: ダークツーリズム規制)。ただ、セルビア側の否定姿勢が政治的対立を再燃させる懸念あり。全体として、捜査成功確率は60%と見込み、歴史的正義実現の転機となるでしょう。