池内恵氏(東京大学先端科学技術研究センター教授)は、日本を代表するイスラーム政治思想・中東政治の研究者です。専門は現代のイスラーム政治思想史で、中東地域の政治変動を宗教思想と国際政治の両面から分析するアプローチが特徴です。主な学説のポイントを、代表的な著書や論文に基づいてまとめます。

主要な研究テーマと学説の概要

  • 現代アラブ社会思想とイスラーム主義
    デビュー作『現代アラブの社会思想――終末論とイスラーム主義』(2002年、大佛次郎論壇賞受賞)で、アラブ世界の現代思想を「終末論」(イスラームの終末預言)とイスラーム主義の観点から分析。イスラーム主義がアラブ社会の苦難(植民地主義、近代化の失敗など)を「終末論」や「陰謀史観」で解釈し、解決策として提示する構造を指摘。単なる宗教運動ではなく、社会・政治的な隘路を覆い隠すイデオロギーとして位置づけています。
  • イスラーム世界の議論の仕方
    『イスラーム世界の論じ方』(2009年、サントリー学芸賞受賞)では、英語圏中心の国際議論の中で日本語でイスラームを論じる難しさを指摘。エドワード・サイードのオリエンタリズム批判を評価しつつ、イスラーム世界の現実をバランスよく論じる必要性を主張。イスラームを「宥和的」または「敵対的」に偏らず、思想史的に分析する姿勢を強調。
  • イスラーム国(IS)の分析
    『イスラーム国の衝撃』(2015年)で、ISの台頭を中東の構造変容(アラブの春後の中央政府弱体化)とイスラーム過激派の戦略が合致した結果と説明。ISは単なるテロ集団ではなく、イスラーム思想の政治的表現として捉え、テキスト(コーラン、ハディース)の解釈が過激主義を生む要因を指摘。一方で、イスラーム世界に「宗教改革」(テキストの批判的検討、諸宗教の平等化)が必要と提言。
  • 中東の歴史的枠組み批判
    『【中東大混迷を解く】サイクス・ピコ協定 百年の呪縛』(2016年)では、第一次世界大戦後のサイクス・ピコ協定を中東問題の全責任とする陰謀論を批判。協定は中東に秩序を与え、国民国家形成の基盤となったと主張し、帝国主義だけに責任を帰する簡易な説明を否定。
  • グローバルセキュリティと宗教
    近年は研究分野を「グローバルセキュリティ・宗教」に拡大。イスラームが国際政治に与える影響(国家、権力、正統性、戦争・平和の概念)を理論的に解明。メディアの変化がイスラーム法学の権威に及ぼす影響や、非国家主体(過激派など)の役割を分析。

全体の特徴

池内氏の学説は、イスラームを「政治思想」として扱う点に特色があり、宗教テキストの厳密な分析と中東の現実政治(アラブの春、IS、イラン・イスラエル関係など)を結びつける。過激主義を批判しつつ、イスラームの多層性(スンニ派・シーア派の対立を超えた複雑さ)を強調。陰謀論や単純化された宗派対立論を避け、歴史的・構造的な視点を提供します。

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これらの主張は学術的に高く評価されつつ、一部で「イスラーム批判が偏っている」「暴力文言を強調しすぎ」との指摘もありますが、池内氏は共存の歴史や他宗教の暴力的側面も考慮すべきと反論しています。詳細は個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」や連載「池内恵の中東通信」で日々更新されています。

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