2025年ノーベル生理学・医学賞:坂口志文氏の受賞

2025年10月6日、スウェーデンのカロリンスカ研究所は、ノーベル生理学・医学賞を大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授の坂口志文氏(73歳)ら3人に授与することを発表しました。授賞理由は「末梢免疫寛容(peripheral immune tolerance)に関する発見」で、免疫系の過剰反応を抑える「制御性T細胞(regulatory T cells, Treg細胞)」の役割を解明した功績です。共同受賞者は米国のMary E. Brunkow氏とFred Ramsdell氏で、賞金総額1,100万スウェーデンクローナ(約1億5,000万円)を3人で分けます。

坂口氏は1980年代からT細胞の研究を進め、1995年に制御性T細胞を特定。2003年にはそのマスター制御因子であるFoxp3遺伝子を証明しました。この発見は、免疫の「ブレーキ」機構を明らかにし、自己免疫疾患やがん治療の進歩に大きく寄与しています。坂口氏は受賞会見で、「病気の克服に向けた新しい方法を見つけたいという欲求に駆り立てられてきた」と語っています。

制御性T細胞の詳細

制御性T細胞(Treg細胞)は、免疫系のリンパ球の一種で、主にCD4+ T細胞のサブセットです。免疫反応の「ブレーキ役」として機能し、過剰な炎症や自己組織への攻撃を防ぎます。以下にその主な特徴と仕組みをまとめます。

  • 発見の経緯: 坂口氏は、免疫機能が欠損したマウスモデルを使って、T細胞の一部が免疫を抑制することを発見。従来の「中枢免疫寛容(胸腺でのT細胞選別)」に加え、「末梢免疫寛容」の重要性を示しました。
  • 構造とマーカー: 主にFoxp3タンパク質を発現し、CD25(IL-2受容体α鎖)やCTLA-4などの表面マーカーを有します。Foxp3の変異は自己免疫疾患を引き起こすIPEX症候群の原因です。
  • 機能:
    • 抑制メカニズム: IL-10やTGF-βなどのサイトカイン分泌、CTLA-4による抗原提示細胞の抑制、IL-2消費による効果T細胞の活性低下など、多様な方法で免疫を制御。
    • 発生: 胸腺由来(nTreg)と末梢誘導型(iTreg)の2種類。nTregは生体防御の基盤、iTregは環境に応じた適応型です。
    • 役割: 細菌・ウイルス攻撃を許容せず、自己抗原や無害物質(アレルゲン)への過剰反応を防ぐ「免疫寛容」を維持。欠損すると自己免疫疾患(例: 1型糖尿病、リウマチ)が発症します。

この細胞は、体内の「警備員」として比喩され、免疫のバランスを保つ鍵です。

臨床応用

制御性T細胞の研究は、基礎から臨床へ移行し、200件以上の試験が進行中です。主な応用領域は以下の通りで、Tregを増強・誘導する療法と、抑制する療法に分かれます。

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  • 自己免疫疾患と炎症性疾患:
    • 対象: 1型糖尿病、全身性エリテマトーデス(SLE)、関節リウマチ(RA)、多発性硬化症(MS)、クローン病、アレルギーなど。
    • 療法:
      • Treg細胞療法: 患者のTregを体外で増殖・再注入(Polyclonal Treg)。Phase I/II試験で1型糖尿病のインスリン必要量減少を確認。
      • 抗原特異的Treg: 疾患特異抗原(例: インスリン)で刺激。クローン病の試験で症状改善。
      • In vivo誘導: Low-dose IL-2投与で体内Treg増加。SLEや炎症性腸疾患で有効。
    • 展望: 化合物によるTreg誘導(例: 京都大学の研究)で、炎症抑制薬の開発が進む。
  • 臓器移植とGVHD(移植片対宿主病):
    • 対象: 腎臓・肝臓移植、造血幹細胞移植後の拒絶反応。
    • 療法: Treg注入で拒絶を特異的に抑え、免疫抑制剤を減量。肝臓移植試験で7/10人が薬剤中止可能に。CAR-Treg(遺伝子改変Treg)で標的特異性向上。
    • 展望: 拒絶反応だけを抑え、感染リスクを低減する新治療法。
  • がん治療:
    • 対象: メラノーマ、乳がん、膠芽腫など。腫瘍微小環境でTregが増加し、免疫逃避を助ける。
    • 療法:
      • Treg阻害: 免疫チェックポイント阻害剤(例: PD-1阻害剤)と組み合わせ。Treg枯渇で抗腫瘍免疫活性化。
      • 逆利用: CAR-Tregで腫瘍関連炎症を制御(前臨床段階)。
    • 展望: 副作用(自己免疫反応)を抑えつつ、がん治療効果を高める。
  • その他の応用: 神経変性疾患(ALS)、肝疾患(MASH)、感染症(COVID-19関連炎症)でTreg誘導が試験中。日本では順天堂大学や大阪大学のHOZOT(新規Tregタイプ)療法が臨床応用へ。

課題と将来性

課題はTregの安定性(炎症環境での転換)、製造コスト、持続性です。将来はCRISPR編集やiPS細胞由来Tregで解決が見込まれ、薬剤フリー治療の実現が期待されます。この受賞は、免疫療法の新時代を加速させるでしょう。

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